「積善の家に余慶あり,積不善の家に余殃あり」の故事成語は簡単に受け入れられるものとは思いませんが,「人生における運を強くし,臨終の総決算を幸せで人に惜しまれるものにする」ために受け入れて欲しいと思う言霊です。
広瀬淡窓先生は,43歳のとき「万善簿」に再挑戦し,73歳まで一日も休まずに積善の努力を続けられました。
先生の万善簿を詳細に分析した中島市三郎氏(広瀬淡窓と咸宜園37頁)によれば,先生は,善として①財を捨てて人を利す②人に善を勧める③人に食を贈る④人のために周旋する⑤懇切丁寧に教える⑥骨肉の情を大切にする⑦善を念じる⑧乞食に施す⑨情のある交際をする⑩生物を憐れむ,を挙げ,悪として①過食②疾病③怒心④怒言⑤殺生⑥慳財(吝嗇)⑦猫を打つ⑧蛍を捕る⑨蛤を煮る⑩卵を潰す,を挙げられていたそうです。
悪とされた①や②は,先生が若い頃から疾病に苦しまれた事も影響していると思いますが,皆さんも,例えば,自分が決めた「律」を守れた一日であるかどうか(勤か怠か),自分の悪性に勝ち他者や生物の命を敬し癒したか蔑して傷つけたか(敬か蔑か)等を基準にするなど善事と悪事の自身の判断基準を創って,新しい年には強い思いを持ち日々に積善に挑戦して欲しいと思うのです。
一つ一つの善事と悪事の点数は,+10点もあれば-1点もあると思いますが,生涯において淡窓先生のように+一万点の善を達成できたなら,積善道の臨終は幸せで他者にも惜しまれ,その余慶は子孫をも潤すことになるのだと確信して欲しいのです。
平成29年12月11日
塾長 倉田榮喜