Archive: 2017.07

最終更新:

H29.7.31

「世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ」という本があります。

2012年,南米ウルグアイのムヒカ大統領(当時)が,リオデジャネイロで開催された国際会議で,生き方や幸福についてスピーチされて世界の多くの人々に感銘を与えました。

大統領は言います。「目の前にある危機は地球環境の危機ではなく、わたしたちの生き方の危機です。」と。

大統領は言います。「社会が発展することが、幸福をそこなうものであってはなりません。発展とは、人間の幸せの味方でなくてはならないのです。」と。

自然の循環を生活の基本リズムとして生きた縄文時代の人々と,資本主義下の近代工業社会で,資本の利益と生活のために昼も夜も働き続ける現代の人々とを比べて,現代人の幸せは縄文時代より発展したといえるのか,考えてみる必要はないでしょうか。

ムヒカ大統領は,「人と人とが幸せな関係を結ぶこと、子どもを育てること、友人を持つこと、地球上に愛があること,こうしたものは、人間が生きるためにぎりぎり必要な土台です」とスピーチされたのですが,資本主義に基づく近代工業社会は文明の利器を発展させる一方で,自然環境のみならず人間が生きる必要な土台をも壊してはいないかと立ち止まる必要はないでしょうか。

皆さんが求める価値が「幸せ」である場合に,その幸せは,現在の資本主義システムで得られているものと同じでしょうか。

二度とない人生において,「求めるべき幸せと」は何か,皆さんはどのように考えて自分の人生を生きていきますか。

平成29年7月31日

塾長 倉田榮喜

最終更新:

H29.7.11

石渡博明先生が,平成24年に自然食通信社から出版されている「いのちの思想家 安藤昌益」を読んで心に問うことが多くありました。現在の社会の有様について多くのことを考えることができる本ですので,中高生の皆さんに読んで戴きたい一冊です。

昌益先生の思想の一部を石渡先生の本から引用させて戴きますと,昌益先生は,釈迦を批判し,儒教で聖人とされる堯帝や舜帝から孔子をも批判されるのです。

釈迦に対する批判は,「親子は・・・人倫相続の本、世界建立の根であり」「家族は社会の最も基本的な単位であり,それを破壊しておいて何が仏道修行といえるのか」,その仏道修行は「不耕盗食」の寄生生活ではないかとし,堯帝,舜帝や孔子等の儒教の聖人に対しては,「人々は聖人の教えを受けたりしなくても生命力の発露,環境への適応力,村落共同体の絆によって平和で平等な生活を築いてきた」のであって,聖人による「恩恵下賜的な歴史観は内発的発展という人類史の事実に反し」「人々の共有財産である土地と人々を私物化し」「口説を以て・・・衆人を誑かし」「衆人の直耕の辛苦を省みず責め取る」ものとし,その「搾取と支配の贅沢」を「不耕貪食」と告発されます。さらに,「君子と云うは道盗みの大将」「帝・聖と云うは強盗の異名なり」と糾弾します。そして,差別なき世界として「自然の世」を唱え神羅万象の自然の世は「自り然る」等として,「直耕」すなわち「自ら耕す世」でなければならないとされるのです。

現代に生きる中高生の皆さんは,この昌益先生の思想をどう受け止めますか。

平成29年7月11日

塾長 倉田榮喜