Archive: 2020.01

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二宮尊徳翁は,天理自然の道と人道作為の道を明確に区別して,自然の道は万古廃れず,人作の道は怠れば廃ると説かれます。

それ自然の道は、万古廃れず、作為の道は怠れば廃る。しかるにその人作の道を誤りて、天理自然の道と思うが故に、願うことならず、思うことかなわず、終に我が世は憂世なりなどというに至る。それ人道は荒々たる原野のうち、土地肥饒にして艸木茂生するところを田畑となし、これには草の生ぜぬようにと願い、土地瘠薄にして、艸木繁茂せざる地を秣場となしてここには艸の繁茂せんことをねがうがごとし。これをもって人道は作為の道にして、自然の道にあらず」と遺されています。

庭の落ち葉を自然の理として放置するのではなく一日一回は掻き清め,田畑の草は作物の生育に支障なく除去することが必要であり,天理に即しながらこれに惑わされず,天理に随順するのではなくこれに積極的に対応する能動作為の道を人道とされたのです。

人生における「生」「老」「病」「死」の四苦は,生きる為の悩みとして受け入れて,これに能動的積極的に向き合って,自分に与えられた天分資質を発揮する試練とし,自身の成長の発条とする覚悟を持って乗り越えることが必要です。皆さんが持つ性欲・物欲・顕欲もこれに随順するのでなく,自分が有する天分資質を有効に発揮する為のエネルギー源として,これを自律的に過つことなく有用に活すことが重要です。

令和2年1月31日  

                    塾長 倉田榮喜

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皆さんに,令和の時代を拓く決意と覚悟とを持って,今後の30年間の課題を担って頂きたいとお願いしたいと思います。

今後30年間に解決しなければならない課題は,第一に食糧は自給自足できるようにする事,第二に温暖化や寒冷化によって生じる生存環境の悪化を防止する為の技術を見つけて生活の在り方を見直す事,第三は自由と公正の権利を侵害されない為に資本主義の限界を乗り越える共生のシステムを創築する事です。

二・二六事件(昭和11年)は,恐慌と不況の時代下で権力への不信と資本主義の限界が意識されて起こりましたが,その後の日本はさらに「軍人」が力を持つ国となって戦争が拡大しました。悲惨な戦争の時代を経験として持っている限り,資本主義の限界を解決する方途は,武力による革命ではなく,独立自尊の技能による平穏な改革の途でなくてはなりません。

皆さんが生き残る為の食糧は,既存の流通システムに依存するのではなく半農・半職で自給するか,仲間と共に地域コミュニティの中で自給自足の集団を構築する方法を造る必要があります。そして,皆さんの何方かに温暖化や寒冷化でも生き残る新技術を見つけて欲しいのですが,その技術は,自然を制圧する技術ではなく,自然の下で万物と共生できる技術です。

令和の日本は,金融資本と市場経済重視の国から農を本として技と情を大切にする職人の国に戻れるように,皆さんには,家族と地域を担って,新しい時代を拓くことが出来る技能の職人を目指して日々に鍛錬と研鑽に努めて欲しいと思います。

令和2年1月10日

塾長 倉田榮喜