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森信三先生の修身教授録抄10に「志学とは」とがあり,同11に「大学の道」があります。

森信三先生は,論語の「吾れ十有五にして学に志す」を引かれ,「その人の真の人生はこの志学に始まると言って良いのです。」とされ,「ここに志学と言われたのは、いわゆる大学の道に志されたということであって、孔子は十五歳にして、すでに大学の道に志されたのであります。」と書かれています。

孔子が一五歳にして「大学の道」に志したという「大学」は,儒教の四書のひとつとして「修己治人の学」といわれ,「修己」とは人格と能力の両面を磨くこととされます。

「志を立てて、持って万事の根源となす」という幕末動乱期における吉田松陰の言葉がありますが,修己すなわち人格と能力の錬磨がなければ,志の為には手段も選ばずということにさえなりかねません。

立志学舎で皆さんに立てて戴く「志」は,皆さん一人一人が持つ「自」と「分」の中に立てる「志」のことで,政治,経済,研究,技芸,技術等,いわゆるこの世に必要な全ての職業の中に,自らの天職とすることが出来る「志」のことです。

故に,立志学舎の「立志」は,「志学」と共にある「立志」でなければならず,さらにその「志」は,単なる夢の話ではなく,皆さんが人生行路で必ず実現させると決定する「志」なのです。

                  平成28年6月11日

                     塾長 倉田榮喜