講座Ⅶ 自助と互助

1 自助

皆さんは,二度とない人生に於いて一人で生き抜く力を持てるように命の時間を誠実に勤勉に使うよう努めなければなりませんが,人生は一人では生きていけないことも承知する必要があります。人生行路で必然的に遭遇する危難を孤立無援で乗り切ることは困難ですし,人生が悪路の連続ではかなり強い人でも助ける人が無ければ倒れるのが普通です。特に自然災害等の非常時には命の危機を助けてくれる人が必要ですが,そのような人生の非常時の危機の場合でも一定の時間は一人で耐えて生き抜く力は持たなければならず,助けが必要だとしても自助の力は強ければ強いほど人生の危難を乗り切る可能性は高いのです。

自助とは,人生の危難時を自らで乗り切る力を持つことですが,その為には①境遇的自立②経済的自立➂精神的自立を確立することが必要です。境遇的自立とは,貴方が居る境遇を受け入れてその境遇で生きる力を身につけること,経済的自立とは,衣食住を他者に頼ることなく用意できること,精神的自立とは自身の身の処し方を自分で決められることです。

宇宙万物は全てが唯我独尊で存在すること自体が尊いのですが,貴方が自身の独立自尊を自分で認める為には三つの自立を確立することが必要で,その為には,福沢諭吉翁の言葉に「独立自尊是修身」とあるとおり「修身」が前提です。修身には自分を律する「自律」を保つことが必須で,日々の肉体的苦痛や精神的労苦にも耐え抜く修練を自身の日常的課題にしなければなりません。そこで,まずは,①貴方がいる場所を清潔にして問題の所在を明確にすること②問題の解決に限られた命の時間を有効に使うこと➂社会における他者との関係において礼と儀を守れるようにすること,をそれぞれ自分の課題にして,日々に自身を内観し謙敬・融和の一日であったかどうか自省する習慣を身につけるよう努力しなくてはなりません。皆さんには,①兀座で内観自省し②立腰を以て日々の困難と対峙し➂身体の重心を丹田に置いて何事にも動じないように,心身を鍛えて人生の危機を乗り切ることができる自助の力を身につけて欲しいのです。

2 互助

皆さんは,自身の自助の力を強く持つことが出来るように修身・自律・鍛錬に努めて,さらに自身の力の余力は他者の支援に充てられるように二度とない人生を生き抜いて所願満足の臨終を目指して欲しいのですが,人生においては,自然災害等の非常時の危機や人生行路で悪路が連続して先へ進む希望の灯を見いだせないような危難の時も覚悟しなくてはなりません。そこで,そのような時に助力の手を差し出してくれる仲間を持つことが重要で,仲間の互助の絆を大切に持ち続けることが大切になります。皆さんが持つべき互助の絆で一番大切な絆は家族であって,家族は血の承継を基本として繋がっている宿縁の人の集まりですからその繋がりは切ろうとしても切れない集まりです。家族は,地震や豪雨等の自然災害等の非常時の危機も人生の危難時にも無条件で助け合うことができる関係にあるのですから,日頃から血の繋がりの関係に甘えることなく一段と絆の強化に努めなくてはならない集まりであることを自覚しなければなりません。

家族の次に互助として重要な集まり近隣と集落です。日常的に顔と名前が一致する近隣や集落で相互に助け合うことは,人が持つ慈愛の情として強制が無くても出来ることです。皆さんには,家族と共に近隣と集落も可能なかぎりに心を配り,出来る限りの助力を惜しまないように務めて欲しいのです。そして,皆さんが人生で一緒に仕事をしている仲間や貴方が掲げる人生の目標に共鳴する同志との繫がりも重要な互助の絆であり大切な人々なのですから,仲間や同志との繋がりを大切にすることは人生の処し方の原則であることも知って欲しいと思います。互助は,他者に支援の手を指し出すことで自分も支援の絆を持つことがきるものですが,たとえ一方的な支援であったとしても,貴方が他者の非常時や窮地に助力することは善の徳を積み上げることであり,その積善の徳は貴方の子孫に余慶をもたらす因となることを確信して欲しいと思います。皆さんには,自身の自助力を高めて,その力を分度・推譲により可能な限り他者への支援に使って欲しいのです。

互助を含めた広い概念としては共助も使われますが,共助は一般には組合制や保険等の民間における制度的互助システムと考えられますので,自然災害最中の生命の危機に瀕している緊急時に必要とされるのは,どうしても自助力と家族の力であり,近隣や集落による互助の力なのです。

3 公助

公助は,租税を財源とする法律と行政によるセーフテイネットとして民主国家として当然の救済システムであって,憲法が保障する最低限の生活を保障する国家の義務であり政治家の責任です。公助は,社会の矛盾や弊害(資本主義による格差の増大や制度疲労)を政治権力と法律に基づく行政によって補正し填補するもので,民主主義下で必要欠くべからざる救済制度ですから,責任を持つべき政治の指導者が自助を声だかにして公助を後回しにするようなことは許されないことになります。

国民が,安心して生活する為に公助の充実を求める権利を有していることは当然ですが,その一方で,公助の財源が税であることから,公助による救済は必要最低限にならざるを得ず,仕組そのものが無駄や不正の温床になる危険性も高く,皆さんが政治と行政の監視を怠れば制度と運用の公平を確保することは容易ではありませんので,皆さんには普段から政治に関心を持って欲しいと思うのです。

公助は,組合や保険の共助と同じく事後的救済制度ですから社会が安定して行政機能が円滑に動いている時には効果を発揮しますが,今後の地球に必然的に起こる資源の枯渇による食糧危機と地球の温暖化による気候変動等で生じる集中豪雨や大型台風そして地殻調整の為に周期的に起こる大地震等の大きな自然災害時には行政自体が被災して機能不全となっている可能性が高く,自衛隊の皆さんの限られた緊急支援以外はあまり期待できないのです。したがって,大きな自然災害時には自助と家族や近隣間の互助の力で危難が去るまでの間は耐え抜くしかなく,皆さんには,非常時に生き残る為にも自助の力を日常的に高めて,家族の絆と近隣の互助の絆をより強くより太くしていく必要があることを日常的に自覚して欲しいのです。

令和3年1月15日

塾長 倉田榮喜

講座Ⅵ 境遇と立志

1 境遇

皆さんが生れる境遇は様々で,世界的にみれば難民キャンプで誕生する人も大富豪の家に誕生する人もいます。貴方が誕生した境遇は貴方が選んだものではありませんが,祖父母代々の血脈を受け継いだ命に宿る業と共に生まれた境遇は受け入れるしかありません。しかし,その境遇にこそ貴方が為さなければならない役割と果たすべき使命があるのです。貴方は誕生した境遇で自分の使命を知覚して,其の使命を果たす為に命の時間を使って人生を生き抜くならば,祖父母代々の宿業と貴方の生まれた境遇を転換することが出来るのです。人は,天地自然の下で大地に支えられて血脈の業に挑戦しながら四苦八苦の人生を所願満足の臨終を目指して命の時間を使うのだと思いますが,貴方には,万物が止まる所を知るように,誕生した境遇を天命と覚悟して粘り強く二度とない人生を生き抜き必要があるのです。

天地自然の下で起こる大地震・台風・豪雨は,自然の摂理と天地間の調整に因って生じる自然現象で,人は自然を制圧することは出来ませんが,貴方の境遇は自身の自覚によって変えることが出来るのです。その為には,貴方は,自分が生まれた場所の地理を調べて地域と国土が持っている問題や生まれた境遇の家族と自分の課題に向き合って,自分の役割と自分の使命を果たす人生を生き抜いて欲しいと思います。富豪の家に生まれた人と逆境の中に生まれた人の臨終の有様は,その出自に因るのではなく其々の使命を果たす為に自身の命の時間を使ったかどうかに因るのだと思います。

現代の科学技術による日常的な利便性の向上は自然現象下での人の生存能力を減退させ,現文明下での物質的幸福を追求する風潮は人の精神を蝕んで人を差別化しています。貴方には,厳寒,酷熱の自然環境でも生き残れる心身を作り,人が動物的本能として持つ性欲と物欲を自制し,他者との比較と他者への羨望や嫉妬に自身の人生を狂わされることのないように貴方の人生を生き抜いて欲しいのです。

2 立志

立志とは,誰でも生れた場所とその境遇の中に人生で果たすべき使命が与えられていますので,貴方が其の使命を知覚して其の使命を果たす為に人生の行程表を作成することです。故に立志はまず使命を知覚することが必要となりますが,使命を知覚するためには貴方が生まれた場所の地理(地形・気象・風土)を明らかにしてその課題を把握すると共に,自身の個性を承知して人生を生きる覚悟が必要だと思います。

個性は,「個」と「性」からなり,「個」には世界に唯一つしかない特有の才能が秘められており,その才能は使命を果たす為に必要な力で天と祖父母から貴方に与えられた能力です。貴方は自身の個としての能力を見つけてその能力を使わなければなりませんが,貴方が自分の能力を見つけるためには,まずは,自分が好きな事,飽きることなく達成感を得られる事,自身の境遇でやらなければならない事等を弛むことなく実践していけば,その実践の過程で貴方が持っている能力が見つかります。「性」は,「性則理」とも言われますが,性には動物的本能と祖父母からの血脈に含まれる性分が秘められていますので,その性分が貴方の「個」を活かすように働くのか,貴方の「個」の妨げになるように働くのかは,貴方の命の時間の使い方如何なのです。

貴方の個性は,個と性が統一されることによってその才能が発揮されますが,個と性が分離してしまえば自身の心身的統一に欠けることになって欲望に振り回されることになってしまいます。自己中心主義(我執)は,個と性が分離して心身が動物的欲求に振り回されている状態ですので,自己中心主義の立志では使命を果たすことはできません。自己中心主義に捉われないようになる為には,自律的に心身的統一を体得する戒・定・慧を学ぶ工夫と心身の鍛錬を日々に積み重ね,時間の経過と共に人生の行程表をより具体的に時には修正して,貴方の役割と使命を果たせるように貴方の限りある命の時間を使って欲しいのです。

令和2年12月15日

塾長 倉田榮喜

講座Ⅴ 自尊と他尊

1 自尊

貴方の命は,世界に一つだけの個性を持っている命です。貴方の命は,根源の命と共に過去の時間と習性とが含まれるだけでなく他の命が持っていない特有の個性を有し,その特有の個性は未来への無限の可能性を備えている個性です。

自尊とは,世界に一つだけの個性を貴方自身が尊重して生きることで,それは,誕生から臨終までの貴方の命の時間を個性に賦与された使命を追及し達成する為に使うことです。動物の本能は自然環境で生きる為に存在し,動物である人は,生きる為の本能を元とする性欲・物欲・存在欲(競争欲と名誉欲)の三欲を持ち,三欲には嫉妬心と猜疑心があります。

「自」は貴方の個性で,「個」には習性や宿業と共に使命を果たす素質が賦与され,「性」には欲と理が備わっています。貴方が賦与された素質を使命の為に使うときは,個性が持つ宿業や三欲と対峙しながら使うことになります。そこで,貴方が宿業や三欲に負けずに自身の使命を達成するには,「自律修身」が必要で戎・定・慧の修練を重ね,仁・義・礼・智の四端を身につけるよう努める日々が必要となります。貴方には,自身の個性は例外のない「真」であって「偽」ではないことを確信し,自身の使命を達成する為に命の時間を使うように務めて欲しいと思います。

2 他尊

貴方の命は唯我独尊ですが,生物の全ては唯我独尊であり,山川草木悉皆成仏とすれば世界の全ての命は他尊の対象です。貴方だけが世界で独尊なのではなく,全ての命が桜梅桃李のごとく個性に応じて独尊なのですから,他者を侮ったり,目線を高くした態度や物言いだったり,能力や地位を比較したりしないことを胆に銘じる必要があります。日本は,中華文明の模倣から西洋文明の信奉者になるという歴史を有し,国民の大多数はその度毎に尊敬と侮蔑の目線を繰り返し,自分が何者であるかを求めた人は少ないのです。

使命を達成する為には,桜梅桃李に応じた他者の支えが不可欠ですが,他尊とは,他者が自分の使命に必要だから尊いのではなく,存在自体が尊いのだと解る必要があります。自尊が縦軸の血脈と伝統を元とするのに対し,他尊は横軸の空間と集団を本にするものですが,使命を追及する処は横軸の空間に在る共生の自然則の中にあります。貴方が個性に含まれる使命を有するのと同じく,他者も使命を達成する為に個性の役割を果たそうとしています。

他尊は,「命を傷つけない」という「善」の実践に繋がる行為であって,個性(自)に応じた役割(分)という共生を尊認する行為です。貴方が何者であるかを知る為の自尊と他者の役割に対する尊認は,共生に必要欠くべからざる行為です。

生命の全てが自己の我執を克服して,自尊の「真」と他尊の「善」とが調和する状態は誰もが感銘する「美」の世界になると思いますが,貴方は,そのような調和の世界の出現は不可能だと思いますか。そのような調和の世界を求めて自分の分を果たせるよう務めたいと思います。

令和2年11月15日

塾長 倉田榮喜

講座Ⅳ 人生と生き方

1 命の時間

命の時間は,皆さんが誕生から臨終までに持っている時間です。人は,誰でも誕生から死までの間の二度とない人生を生きるのですが,命の時間が何時尽きるかはわからず一瞬先に災害や事故に遭って命を落とすことも否定できず,命の時間が何時尽きるかわからない人生を,四苦八苦という苦楽と共に一瞬一瞬の後戻りできない命の時間を使いながら臨終の時を迎えます。

皆さんは,自分が誕生する境遇を選ぶことは出来ませんが,どのように生き,どのような臨終を迎えるかは選ぶことができますので,二度とない人生の臨終の様相は皆さんの命の時間の使い方如何に係っています。皆さんには,命の時間を臨終の時に悔いが残らないように使うという使命があり,自分の使命を見つけてその使命を果たすという覚悟を持って自分の人生と対峙して欲しいと思います。

自分の使命を見つける為には,自分の「自」と何か,自分の「分」とは何かを問いながら自律に基づいた研鑽と鍛錬が必要になります。皆さんには,自分の使命を見つける為の研鑽と鍛錬を継続して①知性②感性➂個性を磨き,自身に備わる①欲得②憤怒➂羨嫉をコントロールできる生き方を追及して欲しいと思います。兀座・立腰・丹田を心身の所作として身に付け,人生の師と友を見つけるように努めながら,志を実現するとの強い思いを心肝に刻みつけて具体的な行程を作り,自分の臨終の様相もカラーで描いてみてください。そして,人生の生き方として誠実・勤勉・分度・推譲という二宮尊徳翁の訓えを学んで欲しいと願っています。

2 家族

家族は,血と縁の絆で結ばれた無償の慈愛で支え合う集まりで,家族が住む家は,皆さんの命を慈しみ育て力を蓄える処です。皆さんが志と使命を実現する為には必ず他者の援助と協力が必要になります。一人で出来ることは限られますし,一人では命を次に繋ぐことはできません。

人が二足で立ち上がって歩きだしたのは,①重い頭脳を支える為②獲物や敵を草原で見つける為➂獲物を獲り食糧を家族に運ぶ為等幾つかの説明がされますが,自然の中で家族が協力して獲物を取り食べ物は分け合って次世代に命を繋いできたことで人類の現在があります。皆さんが誕生から修練の期間を終えて社会に巣立つまで,親は,可能な限りの慈愛と食・衣・住の全てを無償で与え,社会に出た後の人生でも変わることがない支援者で,家族は,自然災害や人生の危機を助け合って乗り越える存在です。

祖父母から受け継いだ皆さんの命は,使命と共に宿業も抱えており,皆さんが人生で使命を果たすよう務めることは,皆さんの命に宿る業を転換し軽減することです。祖父母に対する「孝」は,根源の命に繋がる倫理価値であり,兄弟姉妹に対する「信」は,家族が相互に助け合うために不可欠な家族の絆の証です。

一方,親が慈愛と保護を放棄していることが明瞭である場合は,速やかにその下を離れて社会の保護を求めるか巣立ちの時期を早めるようにしてください。そして,慈愛と保護を放棄した親であっても,親が皆さんの命の源であることは変わりませんので,可能な範囲で孝の誠を尽くすことはなお必要です。

3 社会

社会は,皆さんが人生で使命を果たすことが求められる場所です。高校生になるまでの間,躾も受けず苦労もせず不自由なく育ってきた場合,社会で使命を果たす為には苦難や危機にも負けないように自分を鍛錬する意識を持つことが必要です。社会に出た後,幾度となく繰り返す失敗や挫折にも負ない折れない心身を持たなければならず,その為に人生の師と友を持つことが大切ですが,そのような師や友が皆さんの身近に見つけることが出来なければ,歴史上の人物や書物の中から自分が尊敬し納得できる人物を選びだして,その人物の生き方を真似ることが良いと思います。

社会は,欲得・憤怒・羨嫉の集団でもありますので,皆さんがそのような集団の中で自分の使命を果たそうとするときは,誹謗中傷は当然の事として,どのような凶事や危機や難事も乗り越えるべき試練と受け止める覚悟と前へと進む決意を持ってください。二宮尊徳翁は,①誠心を以て本となす②勤労を以て主となす➂分度を以て体となす➃推譲を以て用となすと訓えられています。皆さんが人生の家を築くときには,勤勉・勤労を基礎と土台,誠実・正直を骨格,分度と節約を内規,推譲と奉仕を行動規範とし,家では家族を守り,外では社会と他者への奉仕が基本となるように命の時間を使って欲しいと願っています。

人生に起こる禍福吉凶は偶然ではなく必然と捉え報恩と感謝の念を失念することなく,発生した出来事の全てを次の布石として受け入れ,志の実現に向かって倦まず絶えまず明日へ向かっての一歩を積み重ねて欲しいと思います。使命と志を実現して悔いなき臨終を迎えることができるように,皆さんは,二度とない人生の今日の命の時間を無駄なく燃焼させて欲しいと思います。

令和2年10月15日

塾長 倉田榮喜

講座Ⅲ 自然・命・法

1  自然

自然は,万物を造化し化育する根源の力を持ち,自然界に存在する他種多様な生命体は自然の摂理下にあります。自然の造化力は全ての生命体に働き,人類が他種の生命体よりも優越的立場を受けているわけではありません。

自然の天地空間に起こる森羅万象は,人の認識の有無に関係なく存在し,自然の摂理は,人を含め全て多種多様な生命体に等しく適用され全ての生命体は自然の中で循環します。自然は人類を中心にして在るのではなく,人は,万物が自然の摂理下にあることを知らなくてはならず,自然を制圧したり自然の循環を変えたりすることがあってはならないのです。自然は,万物造化という根源の力を持ち,大陸を移動させ海底を山頂とするエネルギーを有しています。人の文明を支える産業科学力の発展が自然の摂理と循環を狂わしているとすれば,文明と産業の進展は人類の滅亡を早めていることになります。人は,自然の根源力と自然の摂理下にある万物の循環則にある「真」を認識し,自然に対して尊崇と畏敬の態度で接しなくてはならず,自然の根源力に優る「神」や「仏」は存在しないことを覚知しなくてはならないと思っています。地底プレートの変動によって発生する地震と津波,気候変動に伴う猛烈台風と豪雨,熱帯化や寒冷化等の激変する環境変化に対して,神や仏の力は働かないと覚悟し,皆さんは,ことさらに生命力を鍛えて命を繋ぐ準備と覚悟が必要になっているのです。

2 命

自然界にある多種多様な生命は,自然の万物造化という根源の力によって存在し,その多種多様な生命は相互に関連して命を繋いでいます。自然環境が激変した場合にその変化に適応して命を繋ぐことが出来るか否かも自然選択の範疇で,個々の種は環境の激変に命を繋ぐ生命力があるかどうかを試されます。人命は多種多様な生命体の相互関連で繋がれているのですから,人間の社会において,「種の尊厳」は「個人の尊厳」より上位の価値に置く必要があり,種の多様性は命を繋ぐ為に守らなくてはならない価値です。

命ある生物は誕生して呼吸と代謝を行い,命を繋ぐために他種の命を食して生から死への循環を繰り返し,人も例外なく他種の命を食することでその命を次世代に繋いでいます。金子みすずさんに,「朝焼け小焼けの大漁」は「何万の鰮の弔い」する詩がありますが,自然の摂理で命を繋ぐための食が許されていても,命の種を絶滅させるような捕獲は認められず許されないのです。

自然の摂理と循環則を「天道」とし,人間集団における倫理を「人道」とした場合,人道は天道の下に在り,人は,自然に対する尊崇と畏敬の念を持って行動しなければならないと思います。自然の根源力によって生じる天変地異に,森羅万象が命を繋ぐ諸天や諸仏となって働くかどうかは,人道における「善」の蓄積如何に因ると思います。人道における「善」は,生命を癒し労わることであり,反対に生命を痛め傷つけたりすることは悪なのです。自然界で,人間を中心とする思想は否定しなければならず,人間の利便さだけを求める文明科学は,人類を滅亡させる危険を持っていることを覚悟しなくてはならないのです。

3 法

自然の造化力と循環の法則を天道とし,人道を人が求めなくてはならない倫理律とすれば,自然への尊崇と畏敬は人道の前提であり,種と命に対する尊厳は人道の根本です。自然に対する尊崇と畏敬,種と命に対する尊厳を根本とすることから,人道における「善」は生命を癒し傷つけないことになるのです。そして,自然に対する尊崇と畏敬,命の種と命に対する尊厳の態度を具体的にする作法と態度が「礼」になります。礼は,人間が自然の調和の下で生存していくという作法を示し,全体と部分の調和,部分と部分の調和を具象化して生存のバランスを求める態度作法あり,自然と人間の調和を目指すものです。

真・善・美の価値が論じられますが,自然の摂理と循環を「真」,種と命に対する尊厳を「善」,自然と万物の調和を「美」と考えるところです。人が認識すべき真は,自然の摂理と循環の中に認められるものであり,倫理上の善は,慈悲から生じる生命を慈しみ労わる行為に認められ,審美上の美は,調和を具象化した姿形に認められます。法は,国を規定する憲法を基に,刑罰を定める刑法,行政法,民法,商法等々ありすぎる程の法令で,人の行為の規範を定めます。しかし,人が根底としなければならない法は,自然の法であり,根本としなければならない規範は,自然と人,人と人が調和を保って命を繋ぐことができる倫理律なのです。

皆さんには,命を繋ぐ為の自然の法と人道たる倫理律をしっかりと学び身につけて欲しいと願っています。

令和2年9月15日

塾長 倉田榮喜