講座Ⅰ 賜命と使命

1 命の根源である種は,自然界でそれぞれが生きる環境に適合しながら多様な生物に分化成長して次の世代に命を繋ぎ,命を繋がれた生物の中から動物としてのヒトが出現し,ヒトは人となった集団の中で人間になります。人の命は,自然界で万物と共に与えられた命であり,人として祖父母代々の命の種を受け継いでいる命です。「賜命」は,人の命は自然界で与えられ造化された命であること,祖父母代々の命の性を受け継いだ命であること,を示すものです。人は,自然の摂理に抗してはならず,父母を始めとする代々の先祖に対する「孝」は,人の道の最初に置かなければならないと思います。また,「大孝」は,「太虚」や「太極」という宇宙根源の気に遡り,「造化」という万物を化育するという自然界の作用の本質を明らかにするものだと考えるところです。「流れてやまぬ劫流の唯中にしてこの命賜びたし」とされた森信三先生の「賜生」の語も銘じて欲しいと思います。皆さんの命は,「賜った命」であり,「賜っている生」である,ことを覚知して人生を生き抜いて欲しいのです。

2 賜命には,祖父母代々から受けついでいる「性」の中に「宿業」が刻まれており,人はこの命の業を背中に抱える火焔として人生を生きていくのだと思います。しかし,貴方のその宿業の火焔は,貴方に与えられた「使命」にもなるのです。皆さんは,賜って生まれた命の環境がどんなに酷い環境であったとしても,その環境から逃避することも隠蔽することもできないのですから,これを積極的に活かすことが人生です。この環境にどうして生まれたのかと嘆くよりも,この環境に願って生まれたのだとの誓いを立てて,環境にある課題を自分の使命とする人生を生きて欲しいと思います。貴方が背中に抱える宿業の火焔は,貴方の足元を照らし,貴方の分を明らかにし,貴方を輝かせる希望の明炎ともなるのです。人間としての偉さは,頭脳の良し悪しや功績の大小ではなく,二度とない人生の中で,貴方に与えられた自分の分を遣り切ったかどうかだと思いますし,他者との比較や嫉妬は人生のプラスにはなりません。貴方が賜命を使命と覚知して,自分の分を悔いなく果たし切って人生の臨終を迎えることが出来れば,それが貴方の最高の人生となるのです。

3 人は死後にどのようになるのかは,見ることも出来なければ証明することもできません。自然界に存する物質の総量が一定であることを前提にすれば,生物の命を形成した全ての物質は,その死によって自然界に往相して自然の気となると考えられますが,生物としての人の死も同じだと思います。命の死が自然の気に循環して往くとすれば,その命の気は生前の生き方に相応した気になるのではないでしょうか。人として命を賜ったのであれば人生で目指すべきは,悔いなき臨終であり,死後においては常楽我浄の気となって万物を爽やかにし,そして,自然の根源の力によって,いつかは人として環相出来ればと思います。しかし,しかし,人が人間を中心とする哲学を持ち続け自然も制圧できるとの考えを放棄しない限り,そう遠くない先に人類は絶滅してしまい,人として環相できないのではと・・・。

                          令和2年7月15日

                           塾帳  倉田榮喜

人生講座の開講


人は,人生で,生・老・病・死の四苦と愛別璃苦・怨憎会苦・求不得苦・五穏盛苦の四苦(四苦八苦)に直面するとされます。

皆さんが人生で自分の分を果たし,生老病死を喜びと受け入れて,四苦八苦も四喜八楽と受け止める生き方を求めるとしたら,人生の一日一日をどのように生きたらよいでしょうか。
人生講座で学ぶ事の意義は,貴方が自分の志を立てその目的を追求し,四苦八苦も四喜八楽と受け入れることが出来る自身の心を作り,自分の自と分を覚知して,その使命を果たせるように修学と鍛錬に努めるようになることです。
立志学舎の人生講座は,第一に動物であるヒトから人間となる作法を学び,第二に人間としての臨終をどのように迎えるかを考え,第三に人間としての生き方を研鑽するものです。

皆さんには,生きる為の食料を得る技能と智慧を磨き,集団の中で円滑に生きる為の礼法を身に付け,自身の才能を発揮する為の知識を習得し,環境の変化にも臨機に対応できるように心と体を鍛えて欲しいと思います。人生講座は,皆さんが持っている後戻りのできない限られた命の時間を,変化を続ける空間(くうかん)と人間(じんかん)の中で,人生で自分の分を果たして充足円満の臨終を迎えられるように学び鍛える場でありたいと思います。

人生講座の第Ⅰ講を「賜命と人生」として始めますが,第Ⅹ講の「自由と平等」まで時の変化にも臨機に対応しながら,人生を何の為に生きるのか,人生をどのように生きるのか・・・等を興に学び考えられることを願って講座を開始するものです。

令和2年6月15日
塾長 倉田栄喜